アンチトロンビンⅢ欠乏症の妻の日記ーaotan2017’s blog

ATⅢ欠乏症の、いち妻の記録。間違ってるところ、言葉足らずなところ、ご指摘いただけたら幸いです。

出産当日

続く続く詐欺をしてしまいました。

申し訳ありません。

産後うつも抜け出せそうな感じなところ、主人と大喧嘩しまして(笑)いやー、妊娠出産終わったらハッピータイム訪れるかと思いきや、結婚というのは色々ありますな!!(笑)

育児に慣れてきた最近は、話の通じない大人の相手(主人、実母)の方が厄介だと気付いた次第。

 

さてさて、そんなことはどうでもいいんです。

また嬉しいコメントいただきました。本当にありがとうございます。

 

では5カ月になった、息子が出てきた日のお話をさせていただきます。

 

前日既に真っ白な灰になった私、寝たら忘れる特殊能力を発揮し、朝はとても爽快な気分でした。

 

よしやるぞ!!と浣腸を受け入れ(笑)

朝食抜き、ポカリ3本携えて9時から陣痛室で誘発剤を投与しました。

30分置き?1時間置き?時間の間隔は忘れてしまいましたが、時間を置いて誘発剤を足していきます。

 

鈍い生理痛のような感じが確かに間隔を置いて起きるのですが、多分私は痛みに強いのもあって、あんまりよくわかっていませんでした^^;

看護師さんがモニター見ながら、「アレ?今来たでしょ??」「さぁ…?^^;」というような感じが午前中いっぱい続きました。(あとから聞いたら実際陣痛が弱かったよう)

先生が子宮口の確認で手を突っ込んでくるほうが(うへえええ…!!)と毎回気持ち悪かったです。しかし恥ずかしいという気持ちはこの時点で皆無です。慣れって怖い。

 

「初めてのお産なのに落ち着いてる」と褒め上手な助産師さんや看護師さんにのせられて(のちにこんなもんじゃないことを知る)、談笑しながら陣痛が強くなるのを待ちました。

9時から陣痛室に入って、11時前には分娩台に移りました。ここまで自分で歩けます。

12時を過ぎたあたりから、(お!?^^;やべえぞ??)という痛みに変わってきました。

 

そこからは時間が立つのはものすごく早かった!!

時間的には16時半くらいまでかかったのですが、4時間なんてあっという間。

感覚としては、100mダッシュを1時間に何本もしてる感じ、背後ろから貞子が高速で追いかけてくるような恐怖感がありました。

 

ウッヒョーーーー!!(陣痛)ゼエゼエ…(休憩)

ウッヒョーーーー!!(陣痛)ゼエゼエ…(休憩)

の繰り返しです。考えてる隙がない。とにかく言われるがままに息する!!という感じでした。

 

陣痛も痛いのは痛いんですが、私は呼吸が辛かったです。うまくできず手足が痺れて過換気になってしまい、ビニール袋を口に被せながら、休憩のたびに「次…ゼエ…死にます…お家に帰りたい…ゼエゼエ…もういや…辛い…ゼエ…帰る…帰る…」と言ってお医者さん困らせました。(午前中調子こきすぎた)

 

ちなみにこの日の分娩は私だけで、VIP待遇、助産師さん2人ついただけでなく、入れ替わり立ち代わり産科の皆様が応援に来てくださって、のべ人数2、30人くらいに股を覗かれましたね…もう何も怖くない(遠い目)

 

終盤、会陰切開は本当に痛みはわかりません。

(分娩後、縫ってるときのが痛い)

ただ、いきんだときに浣腸で出し切れなかったアイツが出てきたのはわかりました。(大小出ました)

いきむたびに出るものだから(便秘症だからかな…ハハ…)、先生の誰かにお尻の穴を指で塞がれました(笑)

 

そして最後いきんだ瞬間は、まさにダム決壊!!!!!!!!!陣痛が弱かったせいらしいんですが、すっごい血が出たんですね。ブファ!!って。お医者さんに返り血がかかったくらい。1250mlです。普通の出産は多くても500mlくらいだそうですが、ちょっと出過ぎました。(このせいで産後に浮腫と貧血が酷かったです)

1250ml、普通の人だと命の危険があるくらいの量だそうなんですが、妊婦さんは持ち堪えるんだそうです。不思議。

でも全然大丈夫なんかじゃなかったですけどね!!産んだ興奮でテンション高くなってましたが、元気なのは頭と口だけで、自分では腕動かすのもできないくらいにベッドに体が沈んで起き上がれませんでした。

 

赤ん坊は何にも問題なく、2時間分娩台の上で仲良く過ごし(産後の様子見)、私はその後速攻でストレッチャーにのせられて血管の造影検査です。妊娠中調べられなかった、全身の血栓の有無をCTでみます。(幸いなことに新たな血栓は見つからなかった)

 

病室に帰る途中、待合室で待つ主人を発見、私の第一声は、

 

「ご飯買ってきて!!!!!」

 

主人は「えええええ…第一声がそれえええ…??」と。

時間的に夕食は下げられちゃったんですね…。とにかく腹減って腹減って、出した分取り戻そうと体が欲していました。

起き上がれなかったけど、口と胃は相当元気でしたね。

 

主人が頑張ったご褒美に、大好きなケーキ屋さんでお菓子いっぱい買っておいてくれました。

達成感と誇らしい気持ちと、ものっそい疲労で食べてすぐ泥のように眠りました。

 

個人的には色々ありましたが、7時間強、誘発で普通に産みました。順調なお産だったのではないでしょうか。産科の皆さんの手厚いケアもありましたし、なんだかわからないながら進みましたが達成感がありました。33時間かけて産んだ友人もいますから、ほんとお産というのはわかりません。アクシデントや辛さ、痛みの程度はそれぞれですから時間でもないと思いますが、あれがもっと長かったらと思うとゾッとします…。

 

ちなみに。

 

よく「女じゃなきゃ耐えられない痛み」だと言いますが、誰が言い出したんだろうと思います。少なくとも私が感じた痛みは、男性でも十分に耐えうる痛みだったと思います。子宮を睾丸に置き換えて考えていただければいいかと…(それだとどうやって産むのかな…)。

ただ体への負担は半端ないです。いろんな産婦さん見ていると、帝王切開も普通分娩も関係なく、どちらもそれぞれに辛さがあることがわかります。

完全に妊娠前の状態に戻るまでに(体型がじゃありません、体の仕組みがです。体型は10万以上課金しないと無理。あとは体質による。) 6ヶ月と言われています。そのダメージは交通事故にあったようなものだと聞きます。ご家族の皆さん、産婦さんのお身体を労ってあげてくださいね。妊婦さん、産婦さんになっても無理しちゃダメですよ。

つづく…とか言いながら。

はぁ…もう生まれた子どもも4ヶ月になってしまいました。

 

月日が経つのは早いですね…。

 

出産のレポートを書く元気も暇もなくここまできてしまいました。

 

産後うつになってしまって😓

妊娠中からメンタルガタガタだったんですが、産後は本当にやばかったです(語彙力)

3ヶ月を過ぎた頃から育児にもなれ、出歩けるところも増え、子どもも少し楽になって、今やっと育児を楽しむ余裕が出てきました。

 

結局出産から退院まで、薬の調整でまた2週間かかり、退院したらしたで、誰の手も借りられず過ごしてました。

子どもの世話だけでもいっぱいいっぱいなのに2週間に一回産科で経過観察、すぐに子どもの1ヶ月健診があり、2ヶ月頃から私のメンタルクリニック、体もあちこち痛くて整体に通ったり、子どもの予防接種もあったり、気の休まる時間がなくて…(例によって主人はサンドバッグ化。かわいそう。)

 

色々思うこともありました。心に余裕はないけど考える時間だけはとにかくあったので、考えすぎるくらい考えてしまいました。

 

出産レポ書いたら、またそれらの日々も綴っていけたらと思います。

 

ひとまず、母子ともに健康です。

出産前日

出産日前日(37週0日目)。

胎児が小さいうちに産んだほうが母体へのダメージが少ないと、このあたりで産むことになりました。この日の検診で予想体重2700g前後。え?でっかくない?一週間で300g増えてました。

 

子宮口は指一本くらい。

この日に30000単位で入れてたヘパリン点滴を切って、子宮口を広げる処置をしました。

 

私はこれがヒジョーーーーに辛かった!!

海綿のような水で膨らむ棒を二本入れたのですが、これで子宮口広げられてる時を表現すると、めっちゃ重い生理痛。顔色一気に青ざめて夕方までウンウン唸ってました。

 

先生に内診されるのも気持ち悪くて、(女医さんで手が小さい、子宮口測るのに届かなかったよう、時間がかかってた)メンタル崩壊してたのもあって、この日は一日中泣いてました。

この処置は朝と夕方2回やる予定でしたが、出血もあって、私があまりにも辛そうだったのを見兼ねた看護師さんが先生に助言してくださって、

「今 子宮口3、4cmだから明日は開くでしょう。一旦お風呂入ってゆっくりしておいで」

と。涙腺崩壊。

「でも、せっかく痛い思いしたのに閉じちゃいませんか?」

とアホな質問。

「閉じない閉じない(笑)」

 

その日は来ると言っていた主人も仕事で呼び戻されてがっかり。

怒れないし、この涙は妊婦メンタルのせいだしで、子宮口は開いたけど、私の心は貝になってしまいました…。ズーン。

この日ばかりはyoutubeで観た中川家礼二くんのモノマネも、いっときしか保ちませんでした…。泣き疲れて寝るという、子どもみたいな私。

 

つづく。

経過多分良好

妊娠後期に突入してから自宅で自己注射していたものの(5000単位を朝晩一回ずつ)、毎週の血液検査でDダイマー(血栓の数値)が少しずつ上がっていってたんですよね。本当にちょっとずつですけど。

 

妊婦の体は出産に備えて血を固まりやすくするの、普通にすごいなーと感心してしまいました。私の場合は持病のせいもあるけれど。

 

予定日よりもだいぶ早めの35週で入院。

1週間くらいでノンスロン(血液製剤)とヘパリンの調整ができてサラサラになりました。8週〜16週くらいまでいたときのヘパリンのMAXの値は28000単位でしたが、今回は30000単位。割と多い方だとお医者様は仰ってましたが、全然鼻血とかもでないから(以前は出てた)、妊婦すげーな…と。

 

そして分娩日が決まりました。

12-13日です。

とってもドッキドキです。ただ考えても仕方ないので考えないようにしています。痛いのはもう仕方ない。みんな血を流してるし…。

 

ただ不安なのと、主人と離れてるので、メンタル崩壊は入院10日目にきましたね…。号泣。

youtubeでモノマネを観て回復しました。

中川家礼二くんと神奈月さんがこの世に居てくれて本当に良かったです。

出産準備のため入院

もうこんな時期がやってきたのです。

35週0日目、入院しました。

ヘパリンを治療域にのせるための早めの入院です。

うまく薬が効けば、37週前後で分娩予定。

まだ薬の調整中であります。

薬が効いてきたら正式な分娩の日を決めます。

血管へのヘパリンの投与は分娩の前日まで(皮下中だと12時間、血管だと6時間で効能が切れるそうな)、その後 誘発剤と産道拡げる処置をするんだそうです。

産んだら、すぐさまヘパリン投与を開始、身体に血栓がないか血管造影CTで検査して、異常がなければそのまま内服薬に切り替えるとのこと。

内服薬も母乳を与えるか諦めるかで薬が違います。母乳ならワーファリン(薬の調整期間が必要)、母乳を諦めるならリクシアナ(調整不要)。

私の母乳の出にもよるけれど、リクシアナのがお値段高いし、やっぱりどうしても母乳をあげたいので、現時点ではワーファリンがいいとはお医者様にお伝えしました。

 

 

 

さて、入院してまだ数日ですが、以前の入院とは全然気持ちが違います。

赤ちゃんを迎える準備、旦那様の生活に不便がないように準備、自分の仕事を整理して、申請・申告関係悉く済ませました。不安のないように段取り整えてく中で、心の準備も自然と出来るんですね〜。

 

 

何より、旦那様には内緒ですが、この身体で家事をしなくて済むことが、この上ない喜び!!!!マジ立ってるだけで辛えの辛くないのって…😭

 

あとは自己注射しなくていいっていうのが、地味に心の負担を軽減してくれました。なんかね…辛かったんです。煩わしい以上に、自分で注射するのが辛かったです。痛みなんて爪楊枝プスッくらいのもんなのに。なんででしょうね…。

 

今は嵐の前の静けさ…。

ぐうたら、のんびりしてます。

 

今までの妊婦生活を振り返り、反省したり、反省したり、反省したりしています。

うちの旦那様は本当に、私を辛抱強く支えてくれたなぁと、思います。

 

実家の家族にも、いい意味で諦めがつきました。

家族三人、仲良く暮らすために、もうひと頑張りしなくては。

難病申請通りました。

11月末に申請して、2月末に届きました。

 

わかってたけど、遅くねえか!?(怒)

 

しかもこれでスルスルいろんな手続きが楽かと思いきや、通ってる病院を受給者証に登録する&今までかかり過ぎた医療費を難病申請日まで遡って受け取るのに、療養証明書を各病院に作成して貰って(3箇所もある(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`))、それをまた保健所に送るのだ。

 

クッソ面倒臭くないか!?(怒)

 

しかも半年で期限切れる。その都度更新面倒臭い。(怒)

 

日本の医療福祉制度はそら立派だけど、知ってる人だけの特典的なところも多分にあって、知ったとしても面倒なことだらけで、書類書く度にちょっと泣けてくる…。

 

今 体が!心が!生活が!大変なのに!!

身軽に動き回れるわけねえだろう!?(怒)

 

いや、でも、ありがたいです。

本当にありがとうございます。

医療費の月額全然違います。

住民税も安くなります。

市からお見舞金も貰えます。

ありがとうございます。

文句はありますが、すごいです。

 

確定申告で医療費申告しました(これ、市の無料税務相談で税理士さんにタダでやっていただきました。市が税理士会に依頼してるもので、ボランティア?みたいですが、しっかり製本までされて感動しました。)

還付金もあります。ありがてえ。

9-12月だけで50万です(3割負担、限度額認定証利用)よく払ったよ。健康保険で殆ど返ってくるけど、体も辛いのに、なけなしの貯金がガスガス減ってくの、不安で仕方なかったです。

仕事一つクビになったの、思えば有給たくさん残ってたのに、病気というだけで非常勤といえど即クビ切られたのやっぱおかしいよね(怨)

 

赤ちゃんは、おかげさまで順調です。

私は山あり谷あり色々ですが、この子が元気なのが救いです。

今週で30週。あと5、6週間後にはまた入院。7週間後には出産。嘘みたいな早さで時間が過ぎて行きました。

最近は腹が邪魔で足の爪が切れません。腹肉の表面が波打つくらい、赤児は腹の中でEXILEばりに踊っています。しかも夜。母の苦手なクラブに夜な夜な繰り出すようになったらどうしよう…。

便秘の腸を蹴り上げられる、その痛みに耐えながら、日々逞しくがんばってます。

産休育休

クビにしないでくれた現在の職場、このまま契約継続して産休育休をくれます。

 

しかしうちの学校はその間 有給扱い。

学校の規定が変わり、勤務時間数的に年度当たりの有給日数もガクッと減り、有給が出るのは最初のひと月分と少し…あはは…。

 

早く復帰したかったけど、今の時間数では点数が足らず、保育園の入園資格がない(預けられない)。

 

早く復帰したとしても、学校としては中途半端な時期に復帰となるので、生徒にとっては一年を通して同じ先生に教わったほうが絶対にいいし、私の代理を派遣で頼むにしても数ヶ月で働いてくれる派遣さんはあまり見つからないとのこと。

 

なので、現在の職場は産休育休合わせて丸一年取ることにしました…。

 

赤ん坊の訳わからんうちに保育園入れたかった…。3歳で入園した姪と、一歳になる前に入園した姪を比べて圧倒的な違いを感じたので。

 

でも私は諦めたわけではございません。

一歳になる前の方が倍率低いし、何よりお金が欲しいのです。自分の金が!!

主人の収入だけでやっていけないことはないのですが、私がそれが嫌なのです。貯金もできないし。

 

目論見としては、学校を一年休んでる間に、フリーランスで活動できるように基盤を整えること。保育園には「求職中」として、早いうちから毎月入園チャレンジをすること。

 

無理して働かないで、今の勤務時間数で預けられる一時保育も考えたのですが、通常だと入園できるのが生後8週からでも一時保育は満1歳から利用可能、しかも正常に歩行ができる、普通食が食べれる(アレルギー児お断り)という条件つき。同じ保育園ですよ。まぁ、わかるけどさ…。

 

専業主婦ムリ、働きたいし金が欲しい私はどうにかこうにか足掻いてみようと思います。

 

馬車馬のように働かないと、保育園に入れない。家事と育児と仕事と、てんてこ舞いにならないと社会復帰できないなんて、女は本当に損だ。

 

ツイッターで、独身女子結婚前に200万は貯めとけ!みたいなツイートを拝見しましたが、本当にそうだな…。自分のお金がないと心の余裕がなくなります。

 

私は想像以上に医療費が掛かってしまって、貯金も底つきそう(笑)返って来たら全部また貯金にぶっ込みます。

 

国民年金の申し込みと、日本学生支援機構の支払い猶予申請しなければ…。

難病申請早く通らないかなぁ…。