アンチトロンビンⅢ欠乏症の妻の日記ーaotan2017’s blog

ATⅢ欠乏症の、いち妻の記録。間違ってるところ、言葉足らずなところ、ご指摘いただけたら幸いです。

はじまりは中3

今から20年前、左足が象の足のようになった。

青紫色に腫れ上がり、重くて引きずるようにして歩いた。その時着ていた体育着の右足はダボダボなのに、左足はパツンパツンだった。

 

地元の病院じゃ無理だといくつも市を跨いで大きな大学病院の心臓血管外科へ来た。

 

左足 深部静脈血栓症、左肺 肺梗塞。

1ヶ月半ほどの入院(ヘパリン治療)で退院したが、この時は「こんなに若い人がなる病気じゃない、何でだろう」とだけ。

 

この時はアンチトロンビンⅢ欠乏症(ATⅢ)はメジャーじゃなかったのか?(私の血液検査の結果と症状を見たら、すぐATⅢじゃないか?と疑うというお医者さんは最近になって何人かいた。)

 

それから数回の再発を繰り返し、2014年。

数ヶ月のピンチヒッターで来た心臓血管外科の先生が、「きみはATⅢじゃないかな?」と。

それで同じ病院内の血液内科にかかった。

遺伝子検査ではなく、定期的な採血の結果を見て、常にATⅢ活性率が40%台だったために、ATⅢ欠乏症である、と診断された。

 

今更言っても遅いけどヨォ!!(いきなり柄が悪い)

診断した当時に難病申請しろって言ってくれてたらよくなかった??
「経過観察」と、ただそれだけ言われた。
「仕事があるから通院のためにしょっちゅう休めません。心臓血管外科の通院で精一杯です。そういう風に仕事を入れてあるので動かせません」
「自分の体じゃないですか、来なきゃダメですよ」
忙しくて行けるわけがないので行かなかった。

行ける曜日の先生や病院内紹介してくれてもよくなかったか?横柄な態度を見てて、ただお金を払わせたいだけでしょと思った。

 

自分で調べて難病なのは知っていたけれど、私の調べ方が悪かったのか、助成対象のリストに見当たらなかったので難病申請できないのかと思い込んでいた。(忙しさのあまりにちゃんと調べなかった自分が1番悪いのは認めますが)

 

お医者さんは患者さんの気持ちや状況までは汲んでくれないということだけは、よーーーーーーくわかった。

 

難病申請にあたり、「最初に診断された病院から診断書をもらうのがいいだろう、カルテは絶対残ってるし」と今のトレンディエンジェルたかし似の主治医が仰るので、以前かかったこの病院に電話したら、「最後にかかったのが数年前のだからまた診察受けないと診断書書けません」と。

 

クッソめんどくせえなぁあああ!!

一刻でも早く申請してえんだよぉおおお!!

 

たかしに一部始終話したら「僕の方から病院に連絡します」と言ってくださった。男前…。

大学病院でも場所によって対応が全然違う。

 

人相手の仕事は、目の前で起こってることだけどうにかすればいいのではでなく、人のことを考えられなきゃダメだと思うぞ。ばーかばーか。(すみません、このブログは発散も兼ねてます)