アンチトロンビンⅢ欠乏症の妊婦日記ーaotan2017’s blog

ATⅢ欠乏症の妊婦が、病気や制度について学んだ記録。

ひとりごと

ここまでざっと一気に書きましたが、

 

「な、なんて迂闊な、粗忽者なんだ自分…!!」

 

っていうのが正直な感想です。

自分でも驚きです。

 

でも中3から発症して、何回も軽度の再発を繰り返してると、感覚的に「これくらい我慢できる」「どうにかなるべ」と麻痺してしまうんです。

ちょうど仕事が忙しく、やり切らなければ!!と自分を追い込み「自分は普通の人と同じように、いや、負けないくらいできるんだから!!ぷりぷり!!」と思い込んでしまっていました。

 

怖いですね、血管詰まると最悪死ぬんだよ。

 

独身のときはそれでも良かったんです。

知るかバカヤロー、俺の人生だ好きにやるさとばかりに、あまりよくない立ちっぱなしの仕事(本業:非常勤講師)、座りっぱなしの仕事(副業:絵描き)、両方ともムキになってやってました。

 

ATⅢ欠乏症以前に小さな頃から胃腸も弱く、頻繁に熱を出したり、体力もあまりなく、「普通の人と同じように働けないかもしれない…しゅん…自分なりの働き方を探さないと…」と美大に進学したのに、残業したり、家に仕事持ち帰ったり、その上でコンクール前や展示前は夜中まで絵を描いたり…。

 

意味ねえーーーーーーーー(白目)

 

でももう無理ですね…悟りました(ブッダと呼んでください)。

 

今年は特に仕事が辛く、泣きながら帰ってきて主人がギョッとする、ということが何度もあり、主人からも、

「あなたは何でもムキになってやり過ぎる。何でもできると思い過ぎている。心を割きすぎる。無理しても仕方ない。どんなに頑張ってもあなたは他人の人生の一部。それであなた自身の人生が台無しになってもいいの?」

と言われ…。

最初はグーで思いっきり殴りたい衝動に駆られましたが、本当にその通りだなと今では思います。

 

折良く(?)入院により2校掛け持ちしていた内の1校が事実上の首と相成りましたので、病気と付き合いながら働き方や生活の仕方を考える良い機会にしたいと思います。

(本当は病気療養を理由に速攻クビにするなんてブラックやなと思ってます。色んな理由で休んでる人は私以外にもいるのに。ブツブツ。←根に持つタイプ)

 

健康な人は羨ましい。

でも心や体に何の支障もなく生活してる人なんて、本当は少ないんじゃないかな、とも思っています。

自分が中3で病気になった時に思ったことがあります。「大変さは人と比べてはいけない。自分だけのものだ。」と。

散々痛い思いをして退院してきて、1番最初に学校で同級生から受けたのは、心配じゃなく嫉妬でした。

中3の受験生はストレスだらけだったんですね、クラスで無視される人が週ごとに次々変わる、そんな状況の中、1ヶ月半のバカンス…もとい入院生活を終えのんきに退院してきた私は、先生たちから心配されたり、クラスの人気者男子が頼んでもいないのに数学教えてくれたり(まぁ、彼は良い奴でした)、入院しちゃって授業わかんねーし高校も行けるとこ行こ〜くらいに構えていたので、標的にされました(笑)

そういう嫌がらせを受けたら、学校休んでしまえとやり過ごすタイプだったので然程傷つかなかったのですが、私も大変だったんだけど、みんなも大変なんだなぁ…と思ったのです。

 

仏教において、どんなに修行を積んだ高僧にも「他人と比べること」は最後まで残る煩悩の1つだといいます。

それ程に、人と比べるのはやめられないということなのですが、どっちの苦しみが上か下かなんて人と比べるものではないな、わかってもらおうなんて勝手だなと、中3の頃の私はちょっと悟ったのです(ブッダと呼んでください)。

 

とはいいつつ、比べてしまうのはなかなかやめれないけれど。

だからこそ、自分が辛いときは、他人と比べてどうこうじゃなく「自分の心の奥の声」を大事にしようと改めて思いました。

今まさに、どうしたいか、どう在りたいか、自分の声を聞くときなんじゃないかなぁと思っているところです。猪突猛進に生きすぎて、色んなものを落としてきた私は、これから一個一個拾う作業に徹します。